某A SSS

【致死量毒の絆】

【致死量毒の絆】

 ゆらゆらと揺られている。

 昏い深淵に落ちていた意識がその動きに応じて浮上していく。手離していた四肢の感覚は徐々に戻り始め、ただ揺られているのではなく、何かに――誰かに抱かかえられているのだと頭が認識する。

 何が起きているのだろう。

 ぼんやりとする頭で考えるが、わからない。何故か身体も鉛のように重くて動かせなかった。指先も尾の先でさえも、ぴくりとも動かせないほどに。

 ここはどこなのか。どこに向かっているのか。何故こんなにも周囲は暗いのか。眼を閉じているからだからだろうか。そもそも、何故こんな状況になっているのか。

 未だ覚醒しきらない頭には次々と疑問が浮かんでは消える。だけど、今自分を抱かかえているこの腕には疑問も恐怖さえも湧き起こってこなかった。それどころか、安堵と心地良さに満たされていた。

 『知っている』。

 そうだ、俺はこの腕を『知っている』。この力強くて、少し冷たい温度の主は―――

「気付いたか」

 耳障りの良い低音。だが、少しの違和感。聞きなれた声には違いない。だけど、『何か』が違っていた。

 やはり閉じられたままだったらしい瞼をゆっくりと開け、定まらない焦点の中映ったのは、白銀。

「まだどこか痛むか?コノエ」

「…ら、…い……」

 こちらが感じ取れるほどの慈しみと愛しさを滲ませた声音に名を呼ばれ、頭で考えるよりも反射のように白銀の持ち主の名が口から漏れる。彼の声はこんなにも優しかっただろうか。

「なんだ?コノエ」

 優しい応答に漸く霞の晴れた思考は憂いと悲しみ、そして明らかな喜びを齎した。覚醒した意識は己が犯した過ちを、己がこの白銀に施した仕打ちを無慈悲に再生させる。そして、意識が途切れたあの後に何が起きたのかなど、彼の今の出で立ちを映した瞬間に理解した。

 心密かに羨むほど見事だった白銀の髪の合間からは同じく見事な毛並みを持った耳ではなく、螺旋状の筋を持つ鋭利に伸びた角が聳え。

 澄み切った冬の蒼天のようだった一つきりの瞳も、片側と同じように閉じられ。

 無防備な心に侵入ってくる感情は、『喜悦』。

――ああ……――

「傷は全部『直した』。もう痛くは無いだろう?」

――…ライは……――

「もう何も心配することはない。全て、斬り捨てた」

 

―――『喜悦』へと堕ちてしまったのか―――

 

「お前は俺の賛牙だ。もう誰にも、髪の一筋さえも触れさせん」

 ライが『ライ』であった時には絶対に聞けなかった独占欲の言葉。

 己が新たな主となった空間に出現させた玉座に座ったライは、抱き直したコノエの頬やこめかみに唇を滑らせる。慰撫するような口吻けが心地いい。

 疲弊し、磨耗した心では正常に何かを考えることが出来ない。在りのままを受け入れるのみ。

 だが、この目の前にいるライは『ライ』であって、『ライ』ではないと片隅に残った何かが訴えてくる。

 それでも、愛おしさを滲ませた声音で呼ばれる名前。優しく触れてくる手と唇。以前のライにはなかった、それら。それを『嬉しい』と思ってしまう自分は間違っているのだろうか。

「ライ…」

 呼びかければ、微かに微笑んでくれる。重くだるい腕を持ち上げ、ライの両頬を包み込む。真新しい左目の傷跡が痛々しい。

 以前のライは永久に失われてしまったのかもしれない。

 でも、それでもライはライだ。

 もう何も考えたくない。何もかもどうでもいい。ライのことだけを見ていたい。考えていたい。『ココ』でライと生きていくのなら、それでいい。

 全てを放棄し、全てを受け入れたコノエの中に残ったのは―――

「俺…アンタが好きだ……」

「ああ。俺もお前を愛している…」

 触れ合わせた唇はどこまでも甘かった。

                   END

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【残されたもの・いつか会えるもの】

【残されたもの・いつか会えるもの】

昨日、『育ての親』が逝った。

綺麗だけど普段から人形みたいにあまり表情の動かない顔だったけれど、まさか死に顔までそのままだとは思わなかった(というか、死ぬところなんか想像すら出来なかったのだけど)。少しの間、本当は寝てるだけなんじゃないかと九割方本気で疑ったくらい、いつも通りの顔だった。

そんな顔だったけれど、きっと先に逝ってしまった『育ての親の片割れ』が見れば、『穏やかだ』とか言ったに違いない。彼だけが唯一、あの無表情から本当に小さな変化を読み取れる人だったから。

だけど、『彼』は先に逝ってしまったから。

涼しげな、緑がかった青い瞳(ヒスイ色と言うのだと教えてくれたのは、もう片方の育ての親だ。)が綺麗で、優しかった『育ての親の片割れ』。どちらかというと、というか断然『彼』の方が好きだった。

拾われたのは(というか、気が付けば連れて来られていた。)、どこまでも強い紅い瞳を持った『あの人』だったのだけども『あの人』ときたら、拾った俺をそのまま『彼』に丸投げしやがったのだ。もちろん『彼』は『育てる気が無いのなら拾ってくるな』とその時は言った(それは俺も声を大にして言いたかったのだが、如何せんその時は物心つくかどうかの歳だった。)らしいのだが、結果はこの通り。本当に『彼』には感謝してもしきれない。まあ、拾ってくれた『あの人』にも一応は感謝しているが。

 今俺が立っているのは、『あの人』を埋めた傍に立つ木の前。その向こうには『彼』の骨を撒いた海が広がっている。『彼』は自分の体の一片たりともこの世に残すなと言ったから、『あの人』と一緒に焼いて砕いて海に撒いた。『あの人』は後に残った自分の亡骸についてなんて何も言わなかったから。だから、勝手に埋めた。一応気を利かせてやったんだから、褒めろよな。

墓標なんてない。この一本だけ生える木がその代わりだ。餞もない。絶対に必要ないって言うに決まっている。

拾ってくれたのは彼ら。生き方を教えてくれたのも彼ら。戦い方を教えてくれたのも彼ら。

今の『俺』を作る基盤となったのは、顔も覚えていない生みの親ではなく、間違いなく彼らだ。

それは俺の誇り。

手には布に包んだ二振りの刀。それが俺の今ある物。

「それじゃぁ、行ってきます。『    』たち」

生きてた間じゃ絶対に言わなかった呼び方。

さあ、どこに向かおうか。とりあえず、まずは彼らの生まれ育った国にでも行ってみようか。

その日、金色の髪と青い瞳の少年がどこかの街から旅立った。

                        END

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