【Night Tale】④
【Night Tale】 ④
「いいだろう。その話、請けてやる」
聞き間違えることなど決して無い声での諾の返答に、思わずアキラは声の主を振り仰いでしまった。
「なんだ?」
「あ、いや…」
咄嗟に言葉が出て来ず、口篭る。強い悪魔と戦えるとはいえ、他者との共闘。極稀にある、ギルドからの必要条件でもない限り、他者と組むことなどまったく無い。性に合わないというのも多分にあるのだろうが、第一の理由は己の力に対する揺ぎ無い誇り故。そんなシキが、こうもあっさりと返事をするとは思わなかったのだ。基本、この男は他人の言うことなぞ聞きやしないのに。
傍にいると、共に生きると覚悟してから三年。ほとんどまだ見た目通りの歳月しか生きていない自分はともかく、シキが生きてきた年月に比べれば微々たる時間だろう。それでも、過ごした時間は今まで生きてきた時間の中でどれよりも色鮮やかなものだと思う。自分にとっても、シキにとっても。こんなにも近い距離で誰かと過ごすことなんてなかった。今では仕事以外で長時間シキの気配を傍らに感じないことなどない。きっと本人ははぐらかすだろうが、哀しい狂気に囚われた自分の同胞を追い、強くなること以外全てを排斥してきたその内面に少しでも触れることを許されているのだろうこともわかる。自惚れでもいい。この孤高で強く気高い男の一番近くにいるのは、間違いなく自分だ。そう思っていたのに……
思考がそこに至った途端、アキラはばっと自分の顔を利き手で押さえた。なんだ、今のは。自分は今何を考えた。何を思った。
シキの全てを知っているわけではない。寧ろ、知らないことの方が圧倒的に多い。サキハと名乗ったシキの同胞。雰囲気からして過去に一度だけ顔を合わせただけ、というものではないだろう。旧知の同胞なのならば、きっと自分よりもシキを知っているのだろう。当然のことだ。それに対して苛立ちを覚えるとは。こんな感情は知らない。感じたことなどない。これではまるで……
「ライ、あなたは?」
一人混乱し始めてしまったアキラを他所に話は進んでいく。返答を求められたライは椅子に座るコノエを一瞥すれば、向けられた表情には拒否の色など当然のように見受けられなかった。それどころか、赤琥珀の双眸は既に昂揚で強く輝いている。ライの好きな輝きの一つだ。
「……断る理由は無いな」
「あなた方ならそう言って頂けると思っていた。奴らが確実に姿を現すと思われる日は、次の満月だ」
「三日後か」
「ええ。それまでちょっとお邪魔させてもらうわね。よろしく、シキ」
再びゆらゆらと振られる尾と邪気が無いようで確実に多分に含まれている笑みを向けられては、元より反論する気など起きようもない。とやかく言ったところで結局は、自分達の好きなようにするのだ。
何がそんなに楽しいのか、微笑むセシアから視線を外して溜息を吐いたシキはこれで話は終わったとばかりに立ち上がり、無言のままさっさと部屋を出て行ってしまう。それを数瞬遅れてアキラが幾分急ぎ足で追う。明確な反応はないが、纏う空気が不穏な色を出さなかったのだから、これは許可されたのも同然。
「暫く会わない間に随分と丸くなったこと」
「ああ…だが、悪くない変化だ」
二人が出て行った扉を見つめながらセシアがくすくすと軽やかに笑い、つられてサキハも微笑を零す。数年前まではもっと冷たく鋭利で、それこそ迂闊に近づけば纏うその空気だけで他者を殺せそうなほどの気を発していたのに。それを変えたのは確実に、誂えたかのように傍らに在るあの青年だ。
サキハはシキほど『王』という称号が相応しい存在は知らない。何者をも寄せ付けず、強さへの飽くなき追求以外を一切排除してきた孤高の存在。跪かずにはいられない、圧倒的な存在感。『我々』が仕えるべき、唯一の存在。だが、郷里の吸血鬼にとって忌まわしい日となったあの時から、宿敵しか映さなくなってしまった彼に苛烈に燃え盛る激情の裏でどこか危うささえ感じるようにもなってしまった。いつか、『消えて』しまうかもしれないと漠然と感じていた。その彼が誰かを傍に置いていると聞いたときは、心底驚いた。有り得ないことだと真っ先に否定した。唯一多少なりとも気を向けていると言ってもいい弟御でさえも、その内面には触れることは許されていなかったのだ。何がその琴線を揺らしたのか、どうして触れることを許されたのか。疑問は尽きることは無く。故に、見てみたかった。そして、見えた。
言葉は交わしていないに等しい。だが、見ただけで悟った。同胞でも、肉親でもなく、彼でなければならなかったのだと。彼らの間に何があったのかなどは知らない。聞こうとも思わない。ただあの鮮烈な『王』が失われないのならば、それでいい。しかしながら、興味はある。あの青年がどういう人物なのか、個人的な興味は彼に見えて更に掻き立てられた。
「さて…やはり許可は請うた方が良いのかな?」
「何?」
「いや」
「あらそう」
ひそりと楽しげに零された呟きに隣に座るセシアが反応したが、視線は扉から外さずにはぐらかす。彼女の方も深く追求する気は無いようで、さっさと次の興味の対象へと意識を映してしまう。こういうところがセシアと付き合うに当たって、ありがたいところだ。リビカらしく好奇心は旺盛なくせして、分別はある。
「で、コノエちゃんはユノが気になるみたいね」
「え!?」
同じくシキとアキラが消えた扉の方に向いていたコノエは唐突に矛先を向けられ、驚きで耳と尾の柔らかそうな毛を毛羽立たせてしまう。
「尻尾とお顔がそう言ってるわよ」
にこりと微笑むセシアの指摘に、思わず顔に手を当ててしまう。見れば、尾も忙しなく動いていた。確かに初めて見る敵ではない賛牙に微かな興奮を覚えていた。話をしてみたいとも思って、内心そわそわしてしまっていたが、尾や耳に感情が反映され易いリビカとはいえ、こうもはっきり言い当てられるなんて。まだまだ未熟者である自覚はあるけれど、これでも一応己の命さえも含むあらゆる駆け引きの中に身を置くハンターなのに。恥ずかしさに居たたまれなくなる。
「…馬鹿猫」
「っ!うるさい!!」
後ろから聞こえた盛大な溜息とお決まりの単語に顔を紅くしながらも、照れ隠しも含め噛み付かずにはいられない。こんなことぐらいで己の感情を読ませるなと言いたいのだろうが、種族として尾や耳が意思に反して動いてしまうのは仕方ないではないか。
まだどことなく幼さを感じさせる所作に益々セシアの笑みは深まり、サキハを始めとする後ろの三人もまたつられて笑みが零れていた。
【Night Tale】 ④
「いいだろう。その話、請けてやる」
聞き間違えることなど決して無い声での諾の返答に、思わずアキラは声の主を振り仰いでしまった。
「なんだ?」
「あ、いや…」
咄嗟に言葉が出て来ず、口篭る。強い悪魔と戦えるとはいえ、他者との共闘。極稀にある、ギルドからの必要条件でもない限り、他者と組むことなどまったく無い。性に合わないというのも多分にあるのだろうが、第一の理由は己の力に対する揺ぎ無い誇り故。そんなシキが、こうもあっさりと返事をするとは思わなかったのだ。基本、この男は他人の言うことなぞ聞きやしないのに。
傍にいると、共に生きると覚悟してから三年。ほとんどまだ見た目通りの歳月しか生きていない自分はともかく、シキが生きてきた年月に比べれば微々たる時間だろう。それでも、過ごした時間は今まで生きてきた時間の中でどれよりも色鮮やかなものだと思う。自分にとっても、シキにとっても。こんなにも近い距離で誰かと過ごすことなんてなかった。今では仕事以外で長時間シキの気配を傍らに感じないことなどない。きっと本人ははぐらかすだろうが、哀しい狂気に囚われた自分の同胞を追い、強くなること以外全てを排斥してきたその内面に少しでも触れることを許されているのだろうこともわかる。自惚れでもいい。この孤高で強く気高い男の一番近くにいるのは、間違いなく自分だ。そう思っていたのに……
思考がそこに至った途端、アキラはばっと自分の顔を利き手で押さえた。なんだ、今のは。自分は今何を考えた。何を思った。
シキの全てを知っているわけではない。寧ろ、知らないことの方が圧倒的に多い。サキハと名乗ったシキの同胞。雰囲気からして過去に一度だけ顔を合わせただけ、というものではないだろう。旧知の同胞なのならば、きっと自分よりもシキを知っているのだろう。当然のことだ。それに対して苛立ちを覚えるとは。こんな感情は知らない。感じたことなどない。これではまるで……
「ライ、あなたは?」
一人混乱し始めてしまったアキラを他所に話は進んでいく。返答を求められたライは椅子に座るコノエを一瞥すれば、向けられた表情には拒否の色など当然のように見受けられなかった。それどころか、赤琥珀の双眸は既に昂揚で強く輝いている。ライの好きな輝きの一つだ。
「……断る理由は無いな」
「あなた方ならそう言って頂けると思っていた。奴らが確実に姿を現すと思われる日は、次の満月だ」
「三日後か」
「ええ。それまでちょっとお邪魔させてもらうわね。よろしく、シキ」
再びゆらゆらと振られる尾と邪気が無いようで確実に多分に含まれている笑みを向けられては、元より反論する気など起きようもない。とやかく言ったところで結局は、自分達の好きなようにするのだ。
何がそんなに楽しいのか、微笑むセシアから視線を外して溜息を吐いたシキはこれで話は終わったとばかりに立ち上がり、無言のままさっさと部屋を出て行ってしまう。それを数瞬遅れてアキラが幾分急ぎ足で追う。明確な反応はないが、纏う空気が不穏な色を出さなかったのだから、これは許可されたのも同然。
「暫く会わない間に随分と丸くなったこと」
「ああ…だが、悪くない変化だ」
二人が出て行った扉を見つめながらセシアがくすくすと軽やかに笑い、つられてサキハも微笑を零す。数年前まではもっと冷たく鋭利で、それこそ迂闊に近づけば纏うその空気だけで他者を殺せそうなほどの気を発していたのに。それを変えたのは確実に、誂えたかのように傍らに在るあの青年だ。
サキハはシキほど『王』という称号が相応しい存在は知らない。何者をも寄せ付けず、強さへの飽くなき追求以外を一切排除してきた孤高の存在。跪かずにはいられない、圧倒的な存在感。『我々』が仕えるべき、唯一の存在。だが、郷里の吸血鬼にとって忌まわしい日となったあの時から、宿敵しか映さなくなってしまった彼に苛烈に燃え盛る激情の裏でどこか危うささえ感じるようにもなってしまった。いつか、『消えて』しまうかもしれないと漠然と感じていた。その彼が誰かを傍に置いていると聞いたときは、心底驚いた。有り得ないことだと真っ先に否定した。唯一多少なりとも気を向けていると言ってもいい弟御でさえも、その内面には触れることは許されていなかったのだ。何がその琴線を揺らしたのか、どうして触れることを許されたのか。疑問は尽きることは無く。故に、見てみたかった。そして、見えた。
言葉は交わしていないに等しい。だが、見ただけで悟った。同胞でも、肉親でもなく、彼でなければならなかったのだと。彼らの間に何があったのかなどは知らない。聞こうとも思わない。ただあの鮮烈な『王』が失われないのならば、それでいい。しかしながら、興味はある。あの青年がどういう人物なのか、個人的な興味は彼に見えて更に掻き立てられた。
「さて…やはり許可は請うた方が良いのかな?」
「何?」
「いや」
「あらそう」
ひそりと楽しげに零された呟きに隣に座るセシアが反応したが、視線は扉から外さずにはぐらかす。彼女の方も深く追求する気は無いようで、さっさと次の興味の対象へと意識を映してしまう。こういうところがセシアと付き合うに当たって、ありがたいところだ。リビカらしく好奇心は旺盛なくせして、分別はある。
「で、コノエちゃんはユノが気になるみたいね」
「え!?」
同じくシキとアキラが消えた扉の方に向いていたコノエは唐突に矛先を向けられ、驚きで耳と尾の柔らかそうな毛を毛羽立たせてしまう。
「尻尾とお顔がそう言ってるわよ」
にこりと微笑むセシアの指摘に、思わず顔に手を当ててしまう。見れば、尾も忙しなく動いていた。確かに初めて見る敵ではない賛牙に微かな興奮を覚えていた。話をしてみたいとも思って、内心そわそわしてしまっていたが、尾や耳に感情が反映され易いリビカとはいえ、こうもはっきり言い当てられるなんて。まだまだ未熟者である自覚はあるけれど、これでも一応己の命さえも含むあらゆる駆け引きの中に身を置くハンターなのに。恥ずかしさに居たたまれなくなる。
「…馬鹿猫」
「っ!うるさい!!」
後ろから聞こえた盛大な溜息とお決まりの単語に顔を紅くしながらも、照れ隠しも含め噛み付かずにはいられない。こんなことぐらいで己の感情を読ませるなと言いたいのだろうが、種族として尾や耳が意思に反して動いてしまうのは仕方ないではないか。
まだどことなく幼さを感じさせる所作に益々セシアの笑みは深まり、サキハを始めとする後ろの三人もまたつられて笑みが零れていた。
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